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仙台地方裁判所 平成2年(ワ)1237号 判決 1993年2月03日

原告

佐藤安治

ほか一名

被告

東海林運

主文

一  被告らは、各自原告らに対し、それぞれ金三九二万一〇八二円及びこれに対する平成二年一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告らは、各自原告らに対し、それぞれ金二一三九万七九七七円及びこれに対する平成二年一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、高速道路の本線車線上において歩行者が自動車に衝突されたことを理由として、加害車の運転者及び運行供用者に対し、民法七〇九条ないし自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生(以下この交通事故を「本件事故」という。)

(一) 日時 平成二年一月二〇日午後九時五分ころ

(二) 場所 栃木県宇都宮市飯田町四四番地

東北自動車道上り車線上

(三) 加害車 大型貨物自動車(北見一一う一八九)

右運転者 被告四宮正美(以下「被告四宮」という。)

(四) 被害者 佐藤広朗(以下「亡広朗」という。)

(五) 事故の態様

亡広朗は、自家用車を運転し前記自動車道を通行中、路肩側ガードロープに接触し、車両が損傷を受けて走行不能となつたため、車外に出て歩行していたところ、同車線を走行してきた被告四宮運転の加害車が亡広朗に接触し、同人は頭蓋骨粉砕骨折等の傷害を受けて即死した。

2  被告東海林運輸株式会社(以下「被告会社」という。)の責任

被告会社は加害車の保有者であり、これ自己の運用の用に供していた。

3  損害の填補

原告らは、自賠責保険から金一二五〇万円の支払いを受けた。

二  争点

1  被告四宮の過失の有無及び被告会社の免責の成否

(原告らの主張)

亡広朗は、本件事故発生前に、本件事故現場から約二〇〇メートル南方の地点で自車をガードロープに接触させる等の自損事故を惹起し、これにより同車は走行不能の状態に陥つた。そこで、亡広朗は、路側帯上を右自損事故現場から北方へ約二〇〇メートル歩行していたところ、被告四宮運転の加害車が制限速度を超える毎時九五キロメートル以上の速度で前方不注視のまま右路側帯にはみ出し亡広朗に衝突したものである。

(被告らの主張)

本件現場は自動車専用道路であり、車線上への人の立ち入りが禁止されているから、運転者において車線上に歩行者が存在することを予測することは困難である。しかも本件事故の発生は夜間(午後九時五分ころ)であり、車両から運転者を発見することが、照射距離・角度の制約、路面の反射、対向車のライトによる幻惑等により、一層困難であつた。したがつて、被告四宮には、右車線上に歩行者の存することを予測すべき注意義務はない。また、被告四宮は毎時九五キロメートルの走行速度及び約一三七・二メートルの車間距離を保ち、慎重な運転態度をとつていたのであり、亡広朗の発見が遅れたと認めるに足る事情もないから、前方注視義務違反は認められない。亡広朗は車線の左路側帯から突然、加害車の直前に飛び出したのであり、被告四宮は、同人を発見した後、ハンドルを右に切り制動措置を講じたが間に合わず、同車線九三・九キロポスト手前の左路側帯から中央分離帯方向へ一・七メートルの地点で衝突に至つたものである。人間の知覚・反応能力、制動に要する時間・距離を考慮すれば、被告四宮が本件事故を回避することは不可能であつた。

以上のように、本件事故は自動車専用道路を歩行するという亡広朗の一方的過失によつて発生したものであり、被告四宮には何ら過失がない。そして、加害車両には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告会社は損害賠償責任を負わない。

2  過失相殺の可否

(被告らの主張)

仮に被告四宮に過失があつたとしても、亡広朗にも過失があり、その過失割合は八割を超えるものとみるべきである。すなわち、高速自動車国道法一七条一項は、高速自動車国道内への人の立ち入り、または自動車以外の方法による通行を禁止しているから、亡広朗が高速道路上に存したこと自体重大な過失である。さらに本件事故が、車両から物の発見が困難な夜間に、交通量の多い車線上で発生したことは亡広朗の過失の加算要素として考慮すべきである。

第三争点に対する判断

一  被告四宮の過失の有無及び被告会社の免責の抗弁について

前記争いのない事実及び証拠(甲第一号証の一、三、第二、第三号証、第六号証、第八号証、第一〇号証の一ないし三、第一八ないし第二〇号証、甲第七号証、甲第一一ないし一三号証、乙第一、第二号証、証人増茂周一の証言、被告本人(一部))、並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

1  本件事故現場は、南北に通じる歩行者通行止めの自動車専用道路(東北自動車道(以下「本件道路」という。))であり、中央分離帯により上り下り線が区分されている。車道は、進行方向に向かつて左側から路肩(幅員三メートル)、走行車線(幅員三・五メートル)、追越車線(幅員三・七メートル)、追越車線右側の外側線から中央分離帯まで一・九メートル(舗装部分一メートル、芝生部分〇・九メートル)であり、上下線とも同一の道路構造となつている。

2  本件事故現場付近は、矢板方面から鹿沼方面に向けて右に緩やかに湾曲しており、路面は平たんで、アスフアルト舗装され、本件事故当時は乾燥していた。指定最高速度は毎時八〇キロメートルに制限されていた。本件現場付近は、道路両側が路面より低く、切土法面となつている。道路両側は、ガードロープ及び支柱で路面から区切られ、ガードロープに沿つて一〇〇メートルごとに基点キロポストが設置されている。付近には道路照明はなく、暗い場所であるが、運転車両方向から前方約三〇〇メートルまで見通すことができ、前方の見通しは良い。

3  亡広朗は、本件事故発生前に、本件事故現場から鹿沼方面へ約二〇〇メートル前方の、九三・八キロポスト付近走行車線上で、自車の左前部をガードロープに接触させる等の自損事故を起こし、その結果、同車両は前部を路肩方向に向け、後部約半分を走行車線上にほぼ直角にはみ出して停止し、左前部破損等により走行不能の状態に陥つた。そこで同人は、車外に出て矢板方面に向かつて徒歩で移動した。

4  非常電話の案内板は、右地点から南方(鹿沼方面)約六〇メートルの地点及び北方(矢板方面)約二一〇メートルの地点に設置されており、右案内板から約二七一メートルの地点の法面に非常電話が設置されている。

5  被告四宮は、本件道路を、加害車(大型貨物自動車、車長二・九五メートル、幅二・四八メートル、積載量九二五〇キログラム)を運転して矢板方面から鹿沼方面に毎時約九五キロメートルの速度で走行車線のほぼ中央部分を進行してきたところ、自己の進路前方約五〇メートル付近の路側帯に人影を発見したあと、その人影が加害車の方向に向かつてくるように見えたので、その手前約一七・二メートルの地点で咄嗟にハンドルを右にきるとともに減速措置を講じたものの、車体左前部が同人と接触し、加害車は、その場から鹿沼方面へ、さらに約二九六・二メートル進行した後、路肩上に停車した。

なお、被告四宮は、牛一六頭(総重量約六四〇〇キログラム)を積載していたことから、急制動をすると転倒の危険があつたので、その措置をとらなかつた。

6  実況見分の結果によると、道路上に残された痕跡は次のとおりである。加害車のスリツプ痕やタイヤ痕は残されていない。路面には、別紙図面aからbの南方にかけて走行車線と追越車線との境界付近から追越車線側にかけて繊維の引きずり痕が印象され、その先南西方向に向け扇状の血痕が認められ、脳漿及び骨片が飛散していた。加害車の損傷状況は、前部バンパーから高さ一六〇センチメートルの左フエンダーにかけて凹損しており、右凹損部の大きさは、縦三〇センチメートル、横四〇センチメートル、深さ七・五センチメートル大である。また、前部モールは左前端から七〇センチメートルの部位から凹損し、ラジエーターグリル左側、左前照灯は破損し、左側車幅灯は脱落している。

7  実況見分をした警察官は、右のような見分結果と被告の指示説明を総合して別紙図面の地点を衝突地点と認定した。

そこで、右1ないし7の各事実に基づき、被告四宮の過失の有無について検討する。

本件事故に際し、被告四宮は約五〇メートル前方の地点に至つてはじめて人影を認めているが、本件事故現場付近の加害車からの進路前方の見通しは良く、また、事故当時は夜間であつたにせよ、加害車の前照灯の最大照射距離を考慮すると、被告四宮が制限速度を遵守し、前方注視に心掛けておれば、より早い機会に亡広朗を発見して同人との衝突を避けることが可能であつたと考えられる。高速道路上をいえども、事故あるいは車の故障のため、非常措置を講ずる運転者等が駐停車中の車から離れて歩行する場合があり、自動車運転者としては、それらの存在の有無に注意して進行すべきものである。ことに、被告四宮は、加害車に生き物を積載しており急制動措置をとることが困難であることを充分認識していたのであるから、より一層制限速度を遵守し、慎重な運転を心がけるべきであつたというべきである。

以上のように、被告四宮には本件事故の発生につき過失があつたものというべきであり、したがつてまた、被告会社の免責の抗弁も採用することができない。

二  過失相殺について

前記認定事実に徴すると、亡広朗は、人の歩行が許されていない高速道路上で夜間に車両が高速で走行してくる走行車線上に立入り、反対車線に行くためか加害車の直前を同車の方へ向かつて行くという危険な行動をとつており、本件事故の発生については同人に大きな過失があつたものといわざるをえない。他方、被告四宮は、指定最高速度を一五キロメートル上回る毎時九五キロメートルの速度で進行していたものであるうえ、見通しのよい道路上であるにもかかわらず、亡広朗の存在を約五〇メートルに至るまで認識していなかつたことは、夜間であることを考慮に入れても前方不注視の過失の程度は小さいとはいえない。右過失を対比すると、その割合は、被告四宮が四、亡広朗が六と認めるのが相当である。

三  損害

1  亡広朗の逸失利益(請求同額) 三〇四〇万五四一三円

亡広朗は死亡当時二〇歳(昭和四四年九月一九日生)であり、本件事故当時、日産車体株式会社に勤務し、同人の給与収入は、本件事故の前年である平成元年分が金二五五万一六四六円であつたことが認められる(甲第四、第五号証)。

そうすると、亡広朗は、本件事故に遭遇しなければ満六七歳に至るまでの四七年間稼働し、その間少なくとも右平成元年分に相当する収入を得ることができたものと認められ、また、この間同人はその収入の五〇パーセントを生活費に要したものと推認するのが相当であるから、右期間中の逸失利益の死亡当時の現価を新ホフマン方式によつて計算すると次のとおり三〇四〇万五四一三円となる。

2,551,646×(1-0.5)×23.832=30,405,413

2  葬儀費(請求一〇〇万円) 七〇万円

亡広朗の葬儀費用のうち、金七〇万円を本件事故と相当因果関係にある損害と認める。

3  慰謝料(請求二〇〇〇万円) 一八〇〇万円

本件事案の内容、その他諸般の事情に照らすと、本件事故による亡広朗の精神的苦痛に対する慰謝料としては金一八〇〇万円が相当である。

4  過失相殺

そうすると、亡広朗の損害額は合計金四九一〇万五四一三円となるところ、前示の過失割合で過失相殺すると、金一九六四万二一六五円となる。

5  損害の填補

原告らが自賠責保険から一二五〇万円の支払いを受けていることは、争いがないから、これを控除すると、金七一四万二一六五円となる。

6  相続

原告佐藤安治(以下「原告安治」という。)、同美恵子が亡広朗の父母であり(甲第四号証)、同人らが右損害賠償請求権を各二分の一づつ相続したものと認められる。

そうすると、各自の損害額は、各金三五七万一〇八二円となる。

7  弁護士費用(請求三八九万〇五四一円)

本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としては各自三五万円を相当と認める。

四  結論

以上の次第により、被告らは各自、原告安治及び同美恵子に対し、それぞれ損害金三九二万一〇八二円及びこれに対するに対する本件事故の日である平成二年一月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告らの各請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱の申立は相当でないから却下する。

(裁判官 阿部則之)

別紙 <省略>

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